話題(I)
飲食店を開店し、寝食を忘れて働き続け、そして、今ではお店は成功して繁盛しています。日々の仕事の忙しさから、開店時に苦心惨憺して考え出した屋号のことなど、すっかり忘れてしまってはいなかったでしょうか。あるいは、心の片隅では何とかしようと考えてはいたものの、何事もなく時が過ぎ去っているのをよいことにほったらかしにしてはいないでしょうか。
弊所のホームページをご覧になられた貴方にとっては良いチャンスです。この機会に、貴店の屋号について考え直し、商標登録を受けることを考えるか、又は、商標登録を受けていない状態のまま使用し続けるかについて、自らの責任で結論を出してみては如何でしょうか。このホームページが、貴方がその結論を出すに際しての一助となることができれば幸いです。
A. 「屋号に商標登録を受けることができるの?」と言う疑問を持たれる方も多いと思います。商標登録を受けることができるためには、商標法上のいろいろな要件をクリアしなければなりません。これは専門的で難しい問題です。従って、以下にエッセンスのみを簡単にご説明致します。
1. 貴店の屋号が商標法上に規定する商標でなければいけません。一般的に屋号は文字から出来上がっており、そして、実際にお店で使用しているものは、その文字と図形、模様、色彩等との組み合わせから出来上がっています。また、この屋号は、飲食物を提供すると言うサービスと一緒に使用されるものです。従って、屋号は、通常、商標法上の商標に該当しています。
2. 貴店の屋号と同一又は類似の他人の登録商標又は既に出願されている商標が存在する場合には、貴店の屋号は商標登録を受けることができません。もちろん、この他人の登録商標も飲食物を提供すると言うサービスに関する商標であることが必要です。飲食物の提供とは全く関係のないサービス、例えば、美容、理容等に同一の登録商標又は既に出願されている商標が存在していても、貴店の屋号は登録を受けることができます。商標と言うのは、自分と他人とのサービスを識別して、自分のサービスと他人のサービスとが混同しないようにすることを目的としています。従って、全く異なる業種であれば、初めから混同を考慮する必要がないからです。
貴店の屋号と同一又は類似の他人の登録商標又は既に出願されている商標が存在することにより、貴店の屋号が商標登録を受けることができないと言う場合には、商標登録を受けることができないと言うことのほかに、そこには大きな問題が存在しています。これは今まで商標登録を受けていなかったために生じたデメリットです。それは、この他人から逆に貴店の屋号の使用を差し止められる可能性があると言うことなのです。即ち、貴店に対して貴店の屋号の使用を止めなさいと請求してくる可能性があるのです。
貴方のお店は、もう既に、今の屋号を使用して数年又はそれ以上営業を続けています。従って、貴店の屋号には、もう一定の信用及び顧客吸引力(お客様を引き寄せる力)が付与されているはずです。即ち、ある程度有名になっていると言うことです。そして、今後、ますます有名になり、また、事業を拡大したりすると、今まで、その他人の知るところではなかった貴店の屋号が、その他人の知るところとなるのです。この場合、ますます、貴店の屋号の使用が差し止められる可能性が高くなります。
3. 貴店の屋号がそれ自体で識別力を有していることが必要です。例えば、屋号が普通名称である場合には登録を受けることができません。一例を挙げれば、日本料理を提供するサービスを行っているお店の屋号が「日本料理」と言うような場合です。日本料理を提供するサービスを行っているお店はどこでも「日本料理」と言う文言を使用する必要があるはずです。このように皆が使用する必要がある文言には、一般的には商標登録はされません。
4. 貴店の屋号が、きわめて簡単でありふれたものである場合や、サービスの誤認を生ずるようなものである場合には登録を受けることができません。きわめて簡単でありふれたものとは、例えば、「A」のようにアルファベット1文字で構成されているようなものです。サービスの誤認を生ずるようなものとは、例えば、日本料理を提供するお店であるにもかかわらず、「ΔΔΔ中華飯店」のような屋号である場合です。お客様は中華料理屋だと思って入店したにもかかわらず、実際は、日本料理屋であったと言う場合です。
以上は代表的なもので、他にもいくつかの要件があります。これらの商標登録を受けることができるための要件は、貴方が商標登録を受けるために出願することを決定した後に、専門家である弁理士とよく相談する必要があります。
B. 「商標登録なんて受けて何のメリットがあるの? 今までずっと使っているのに何事もないよ。」と言う人にときどきお会いします。このようなことを言う人は、商標登録を受けてもメリットはないと勝手に信じている人が殆どです。
これはお店を開店したばかりで、まださほど有名になっていないときにはあてはまるのかもしれません。しかし、きちっとした商売を続けていれば、年月の経過と共にお店も少しずつ有名になります。今日はインターネットの普及でお店もどんどんと有名になっていきます。また、支店でも出して事業を拡大したりすると状況は一変してきます。
逆の立場に立って考えてみれば、よく理解できると思います。自分は自らの屋号に商標登録を受けてお店を経営し、そこそこ有名になってきた。そんな矢先に、他人が自分と同じ屋号で商売をしていることに気が付いた。当然、この他人の屋号の使用を排除しますよね。そのまま放置しておくような馬鹿なまねはしないと思います。
そうなってからでは遅いのです。屋号の変更を余儀なくされてしまいます。従って、看板はおろか、メニュー、箸袋、伝票、領収書などを作り直したり、食器などにも屋号を入れている場合には、それらも作り直さなければなりません。相当の費用がかかります。それよりも何よりも、今まで何年もかかって築き上げてきた屋号に基づく顧客吸引力を一気に失うことになるのです。
しかし、商標登録を受けると言っても無料で受けられると言うものではありません。商標登録出願をして商標登録を受けて10年分の存続期間の登録料を支払うと安くても10万円程度のお金が必要となります。ここで付け加えておきますが、商標権は10年毎に更新登録を受ければ、商売をしている間永久に存続します。但し、更新登録にも10万円程度のお金が必要です。これが商標登録を受けることを躊躇させる最大の原因(デメリット)なのではないでしょうか。
「うちはそんなに大きい店でもないし、これからも大きくするつもりもないから、商標登録なんかいらないよ。10万近くもかかるんじゃあ割に合わないよ。」と言う方は、商標登録を受けることは断念したほうがよいと思います。しかし、その屋号の使用ができなくなると言う危険を常にはらんでいることを認識しておかなければなりません。
「折角、商標登録を受けたのになんにもないよ。全くメリットがないよ。だから、もう、更新登録をすることはやめたんだよ。」と言う人にお会いしたことがあります。商標登録を受けて、そして、同じ商標を他人が使用していたら、その使用を差し止めてかつ損害賠償を請求しないと商標登録のメリットがないと考えているのです。これは大きな考え違いです。
そもそも、商標登録と言うのは、他人の使用を排除し、かつ他人から自らの商標の使用を禁止されることがないようにするための、いわば保険みたいなものなのです。そして、その商標を自分のみが使用することにより、その商標に自分で作り出した信用が備わっていくのです。そして、それによりその商標に貴店の顧客吸引力が備わっていくものなのです。商標と言うのは自分自身の力で育て上げていくものなのです。